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2015年4月 3日 (金)

好きなことと向いていること

 私の思い込みかもしれないが、一般に“好きなこと”と“向いていること”はあまり区別されずに理解されているように思う。私もある人の考え方に触れるまではそうであった。ある人とは、以前ご紹介したことがある将棋棋士の渡辺明さん(棋王)である。前にも書いたことがあるが、著書の『渡辺明の思考 盤上盤外問答』に次のようなくだりがある。

《向いていることをやらないと、お金にならない。趣味でやるなら好きなほうでいいけど、仕事だったらできるほうをやるしかない。僕はあまり将棋が好きではない。仕事だからやるけれど》

《《誤解がないように言うと、僕が将棋が好きじゃないというのは、嫌いというのと違う。趣味の競馬やサッカー観戦に比べたら、好きではない、ということです。将棋は苦しいこともあるし、投げ出したいときもあるけど、仕事だからやってるんです》

《一日の過ごし方として、僕だってもっと競馬をやりたい、サッカーを観たい、飲み会の誘いだって全部受けたい、というなかで時間をコントロールして将棋の研究をしているわけですよ。基本的には毎日それです》

(『渡辺明の思考 盤上盤外問答』(2014年発行、渡辺明著、河出書房新社))

 
十代半ばで棋士を職業に選んだほどだから、渡辺さんは将棋が大、大、大好きかと思いきや、どうもそうでもないらしいのである。これは実に意外であった。本の記述に基づけば、次のように整理することができそうである。

 ◆好きなこと:競馬、サッカー観戦(ともに将棋よりも好き)

◆向いていること:将棋

 渡辺さんは、実に冷静に自分を分析されていると思う。こうした分析は、これから進路を検討したり、就職を考えようという人には参考になるのではないだろうか。

 子どもの頃から野球やサッカーが好きでも、バレエやピアノを習っても、それを職業にできる人はごくごく僅かである。職業ということを考えた場合は、まず向いているかどうかを基準として優先した方がいいだろう。向いていれば、飽きが来ず、他の人よりも上手くでき、結果、お金を稼げる可能性が高くなるからである。“好き”が多くの場合、お金にならないのは、休日に仲間と草野球に興じている大人を思いおこせば分かりやすい。

 案外難しいのは、自分が何に向いているかを自覚することである。ここで三度、タイゾーさんにご登場いただこう。外資系証券会社に勤めることになったタイゾーさんは、その仕事を始めるまで、数字がついてまわる株の世界に自分が向いていることに気づかなかったと語っておられる。

《証券会社の仕事はそれまで興味も知識もありませんでしたから、最初はわけがわかりませんでした。

 でも、仕事を始めて半年くらい経った頃でしょうか。ぼくは自分の意外な一面を発見しました。数字に強いことに気づいたのです。証券会社ですから上場している企業名、証券コードをすべて暗記する必要がありましたが、それがまったく苦にならない。為替のルールを覚えるのも問題なしです》

(『バカでも資産1億円』(2014年発行、杉村太蔵著、小学館))

 このように、自分が何に向いているかを知るのは偶然や運にも左右される。タイゾーさんが数字に強い自分を知ったのはラッキーな面があったが、一般に、向いていることを知る上では、多種多様な経験を積むというアプローチも力を発揮しそうな気がする。やってみて気づく、ということである。

 
もっとも、以上のように、向いていることと好きなことが常に厳密に分けられるわけではない。両者が見事に重なり合っている場合は、それを職業にするにこしたことはないのである。それが実現できれば、きっと最高に幸せを感じられる人生になると思う(実現できる確率はなかなか低いだろうが)。

(2015年4月3日記)

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