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2015年3月20日 (金)

家庭におけるマルチタスク化

 十数年ぶりになろうか。昨日妻にやり方を教わって、今日午前中に洗濯をした。洗濯をするのは洗濯機だから、私がするのはただ洗剤などを入れ、水を注ぎ、ボタンを押す程度であって、頭を悩ませるほど大変なことなどなかったのだが、「洗濯は妻の領域」とずっと考えてきたのでこれは大きな一歩である。

 今日は妻に外出の予定があった。昨日の時点で「帰ってきてから、夜洗濯をしないと……」と口にしていたので、それならばこの機会に自分も洗濯の仕方を覚えて、日中に終わらせてしまおうと思ったのである。妻の立場になれば、「帰ってきてから、夜洗濯をしないと……」と考えながらの外出は、少々気が重いだろう、ここは自分の出番かな、と素直に思った。

 昨年10月5日に『ワンオペと多能工化』と題して書いたことの延長線上だが、料理と並びこの洗濯も、実は家庭における多能工化の対象である。“多能工化”という言葉は仕事の匂いが強いので、ここでは“マルチタスク化”としておこう。夫が妻の普段やっていることを、妻が夫の普段やっていることをこなせることは、かなりメリットがあると思う。“マルチタスク化”していれば、どちらかの都合が悪い時、動ける方が家事を済ますことができるからである。生活上のリスクヘッジ手段と言ってもいい。


 逆に、家庭内で役割分担を明確にしてそれに固執するのは、デメリットがかなりあると私は考えている。夫と妻でやることが違うからといって、大抵お互いに干渉しないわけにはいかない。お互いに相手に対して期待レベルというものがある。唯一の稼ぎ手であっても、夫の収入が少なければ妻は不満に思うだろうし、妻の料理が下手、洗濯がおざなりであれば夫もひと言言いたくなるだろう。下手をすると、お互いに自分のことを棚に上げて、相手の行き届かないところばかりを責めることになりかねない。

 その点、“マルチタスク化”していれば、その家事がどれくらい大変なことかを二人とも知っているため、相手への思いやりの気持ちが生まれるメリットもある。相手に対して寛容になれる。十数年ぶりの洗濯で、私は洗剤の他に柔軟剤や漂白剤を入れる手間というものを知ったし、洗濯物の多さも実感した。それで、妻にこれまで長年丸投げしていたことが、申し訳なく感じられたのである。

 
こんなことを書いているうちに、日が陰ってきた。あと一時間もしたら、忘れずに洗濯物を取り込むようにしよう。妻からの“帰るメール”の着信で携帯電話が鳴る頃に取り込みが終わっていなければ、自ら進んで行なった洗濯に及第点はつけらないなあと思う。要注意である。

(2015年3月20日記)

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