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2015年3月28日 (土)

将棋の世界にも運がある

 将棋ファンでなければ関心はないだろうが、昨日、王将戦七番勝負の最終第7局で、挑戦者の郷田真隆九段が渡辺明王将に勝ち、4勝3敗で初の王将位を獲得された。勝利をおさめた郷田九段には大変失礼な物言いになってしまうが、私は戦前から渡辺王将が防衛するだろうと思っていた。

 これには幾つかの理由がある。まず、郷田九段の年齢が44歳であるのに対し、渡辺王将は30歳。棋士の棋力のピークは二十~三十代前半と言われていることから、若い渡辺王将が有利と判断していた。また、お二人の直近までの対戦成績を見ても、渡辺王将が20勝12敗1千日手で大きくリード。今期の成績を比べても、郷田九段の25勝21敗(勝率5割4分4厘)に対し、渡辺王将は26勝13敗(勝率6割6分7厘)と、調子に差がある感じを受けていたのである。

 私は将棋の専門的な戦略や戦術に詳しくはないため、対局内容を論評することはできない。が、今回のタイトル戦では、“運”というものにつき改めて考えさせられた。将棋は、対戦相手に手の内を見せない麻雀やポーカーと異なり、全ての情報がオープンになった完全情報ゲームであり、運が勝敗を分けることはないとされている。その通りだろうが、タイトル戦の帰趨には別の要素も大きく作用しうるのである。3勝3敗で迎えた昨日の第七局では、事前に先後が決まっておらず、振り駒(一種のくじ引き)の結果、郷田九段が先手番と決まったのだった。

 将棋では先手番の方が、僅かだが後手番よりも有利とされ、実際にプロ同士の対局での勝率も高い(52~53%程度)。考えてみると、先手番は後手番よりも一手先に駒を動かすわけだから、相手の王様を詰めるというゲームの目標からして、微差ながらリードを得られるということだろう。その意味で、第七局で先手番を引き当てた郷田九段には運が味方したと言えるのである(当たり前のことだが、仮に先後が逆の対局になっていたとすると、将棋の内容は全く違うものになる)。

 このように、運など介在する余地がないように見える将棋の世界ですら、実は運の力が働いている。いわんや人生においてをや、である。私は強運を呼び込むノウハウ的なものは持ち合わせていないが、人生というものを考えた場合、運の作用する力は大きいと考えている。そのため、物事が調子よく進んでいても自分の実力を過信することはないし、逆に嫌なことが続いても自分をいたずらに卑下して落ち込むこともない(と感じている)。

 
運というものを重視しているからといって、見返りに運が味方してくれるわけではない。が、お蔭で享受できていることがある。それは、過信もせず落ち込みもしないという、自分なりに達観した心持ちになれるということである。これは精神衛生上効果が大きい。今日はそんなことを、将棋のタイトル戦の結果から確認した一日となった。

(2015年3月28日記)

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