« “君づけ”への違和感 | トップページ | 人生あっという間? »

2015年3月24日 (火)

溺れた母親と恋人のどちらを助けるか

 今朝たまたま見ていた『情報プレゼンター とくダネ!』(フジテレビ)という番組で、興味深い問いかけに遭遇した。中国でお見合いの席においてしばしば聞かれる質問に、「あなたの母親と恋人が同時に川に落ちたなら、どちらを助けますか?」というものがあるそうだ。他の国のこととはいえ、こんな意地悪な質問を今どき本当にするのだろうかと素朴に思ったが、質問の内容は考えさせるものがある。どちらを選んでも、助けられない方は見捨てられることになるため、後味が悪いことこの上ない。

 実はこの質問には、巧い回答方法がある。宗教評論家のひろさちやさんが幾つかの著書(※)で考え方を紹介されているのだが、仏教の教えから導かれる次のような名答があるのである。

「距離が近いところにいる人から先に助ける」

(※)例えば、『般若心経に学ぶ人生』(1995年発行、すずき出版)、『ひろさちやの仏教流上司学』(2002年発行、ダイヤモンド社)がある。

 母親と恋人のどちらかを助けるかの回答が先にありきではなく、近い方から助けるのだという。これは、「人間を区別(選択、選別)しない」という仏教の考え方から来るものである。従って、どんな人が溺れていようとも、自ずと近い人から助けることになる。

 先の質問は「母親と恋人」の二択であったが、「父親と母親」、「親と子」、「年上の子と年下の子」など、選ぶのに難儀をする究極の質問は色々とありうる。が、「どちらを取る?」という質問を投げること自体が、我欲に囚われた心の表れではないかと私は思う。その意味で、「人間を区別(選択、選別)しない」とするお釈迦様の教えは、人間の執着というものから離れた価値観であり、私は理想としたいと考えている。今日は、テレビ番組を見て仏教の問答・名答を思い出し、忘れぬうちに書き記そうと思った次第である。

(2015年3月24日記)

« “君づけ”への違和感 | トップページ | 人生あっという間? »

人間関係」カテゴリの記事

価値観・性格」カテゴリの記事

生き方・人生論」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/573382/61333311

この記事へのトラックバック一覧です: 溺れた母親と恋人のどちらを助けるか:

« “君づけ”への違和感 | トップページ | 人生あっという間? »