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2015年2月 5日 (木)

知性と品格(その①)

 以前、『将棋世界』という将棋の月刊誌を読んでいると、「小さな紳士」と題する脚本家・内館牧子さんのコラムの中に次のような文章があった。

《将棋連盟の米長邦雄前会長は、お会いするたびにおっしゃっていた。

「将棋は礼に始まり、礼に終わるんです。相撲もそうでしょう。日本の伝統芸はすべて、礼節が基本。子供であろうと、将棋をやるからには厳しく教えます」》

(『将棋世界』(201412月号))

 2012年に永眠されたが、米長邦雄さんと言えば、永世棋聖の称号を獲得するなど将棋棋士として輝かしい棋歴をお持ちの上に、現役引退後は日本将棋連盟のトップ(会長職)を務められた方である。このように実績も名声も社会的地位も申し分ないので、内館さんが紹介された“米長語録”は、普通であれば言葉通りに受け止められるはずである。しかしである。人間は、角度を変えて光を当てると、まったく別の像が浮かび上がることがある。

 
『週刊文春』のある記事を読んで、仰天した。現役のスター棋士だった米長さんと親しくなった、同じく棋士の桐谷広人さんが、次のような昔の話を曝露していたのである。

《私より六歳年上の米長氏は異常な女好きで、常に愛人が五名以上いました。私は彼の著作を代筆したり、愛人たちとの連絡係を任されました。米長氏は手当たり次第に色んな女性と肉体関係を結んでいました》

《三十一歳の時、結婚を決めた尾道の女性が居ました。彼女が上京した際、米長氏に一度会わせました。その場では「桐谷と結婚したら、私の本妻や愛人とも仲良くしてくれ」と言っていた米長氏は、彼女が帰ると「あの女との結婚はやめろ」と言い出した。

 その女性とは尾道のスナックで知り合い、文通を続けていました。彼女には離婚歴があり「もう結婚は懲り懲り」と話すので、私は慰めてあげました。米長氏はひと目見て気に入り、自分の愛人にしようと思ったのです。彼は私の知らないうちに彼女と関係を結んでいました。数年後、彼女の口から「米長さんの愛人になったから、結婚はできません」と聞かされ、ずいぶん落ち込みました》

(『週刊文春』2014124日号)

 反論する口を持たない故人のことをひどく言うのは、普通は憚られるものだが、被害者本人である桐谷さんは、事実を書くことに躊躇いを感じなかったのだろう。この文章をそのまま読めば、米長さんは「礼節云々を語る資格などない」と断じられても仕方がない。人間性自体に疑問符がつきかねない行状である。

 
これは私には、「英雄色を好む」を地で行くような例に映る。米長さんは自分の欲望に忠実だったという意味で非常に人間的であり、厳しい勝負の世界で将棋に打ち込んだのも、そうした欲望を満たさんがためという要素があったのだろう。人間は多様な存在であるから、「米長さんはそういう人なんだ」と受け止めることはできる。が、人に対して礼節を説くのは無理がある気がしてしまう。

 
米長さん一人を引き合いに出して纏めるのは少々乱暴かもしれないが、結局私が思うのは、知性と品格は関係ないということである。頭が良く、地位や名声の高い人が、高潔な人格の持ち主であるとは限らない。世の中には、意識して己の言動に気をつけることにより、高いところで知性と品格を一致させている(つもりの)人は多くいるだろうが、仮面を取り払って人間の本性を露わにすれば、一致などありえないのではないかと私には思える。

 以前、脚本家の中園ミホさんがあるテレビ番組で、「自分は昔占い師をしていたことがある」と仰っていた。そして、数多くの相談者と向き合う体験から得た実感として、「真っ白な人もいないし、真っ黒な人もいない」と語られたのが非常に印象的であった。知性と品格は繋がっておらず、知性も品格も非の打ちどころがない聖人君子のような人はいないということだと思う。

(2015年2月5日記)

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