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2015年2月10日 (火)

ダダ漏れになる(?)個人情報

 仕事関連で年に何度か会っている女性がいる。ある時、一緒に帰り道を歩き、電車に乗ってよもやま話をするなかで、彼女は自分の家族について色々なことを話し始めた。家族構成や子どもが住んでいる場所、旦那さんの職業等々の情報が、何とはなしに彼女の口から飛び出してきたのである。

 
この流れは明らかに、家族の話題を膨らませても構わないという彼女の意思表示である。「どうぞ、聞きたいことがあれば質問をしてもらっていいですよ」ということである。私は相槌を打ちながら彼女の話に耳を傾けていたのだが、内心「これは苦手な展開になってきたなぁ」との思いを強くしていた。というのも、私の方には、自分の家族のことなど、プライベートな情報を他人に開示する心の準備が全くなかったからである。

 情報というものは、他人が掴んでしまった時点で、自分の手を離れて制御不能になるものである。たとえ、「ここだけの話……」と念押しして話しても、そういう希少性の高い情報はかえって、強い伝播力をもって人から人へとリレーされてしまう。ある時、短期の仕事において、私の名前を九分九厘憶えているはずがない方の家族構成、子どもの凡その年齢と性別を、私が知ってしまったことがあった。個人情報が噂話の中に取り込まれ、まるでシルクロードを渡ったかのように、私にまで伝えられたのである。これはかなり気味の悪いことではないだろうか。

 話を女性と私の会話に戻そう。予期はしていたが、一通り自分の話を終えた彼女は、「ご家族は?」ととうとう話題を私に向けてきた。苦しいことに彼女とは、“ゼロ回答”が許されない間柄であったので、私は必要最小限の情報開示を行なうことにした。心の中では、「他の誰にも話さないで欲しい」と念じながら、しぶしぶ口にしたのである。

 
私は有名人でもなんでもないので、「何様のつもり?あなたの情報にはそんなに価値があるの?」と言われそうだが、私がどういう人間かはここでは関係ない。ただ、個人情報がダダ漏れになるのは避けたいと思っているだけである。なぜなら、個人情報を良からぬ目的のために利用しようとする人間が、社会には大勢いることが感じられるからである。悲しいかな、表現を変えれば、私は今の社会にあまり信頼を置いていないということでもある。

(2015年2月10日記)

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