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2015年1月 3日 (土)

近所の床屋にて

 先月30日の朝9時50分頃、ようやく重い腰を上げて床屋さんに行った。なんとなく2ヵ月以上も髪を伸ばし続け、長くなった毛が気ままに曲がり始めて、年末になろうとしていた。向かったのは、1,000円(税抜)で切ってくれるカット専門チェーンのお店である。私は基本的に混雑している場所があまり好きではないため、大抵はお客さんが殆どいないと予想した曜日や時間帯を狙って行くのだが、この日は朝10時の開店前に行けば、一番乗りで切ってもらえるだろうという目算であった。

 ところが、店に着いて自分の読みの甘さに気づいた。既に行列ができていて、9番目だったのである。年末という季節要因を完全に見誤っていた。時間がふんだんにあり、しかも目が覚めるのも早そうな壮年男性がずらりと並んでいた。一旦家に戻ろうかと少し考えたが、結局は列のお尻につくことにした。

 この日に限ったことではないが、私は外出する時に本を持っていく癖がある。ちょっとした空き時間ができたときに、退屈しないようにするためである。この時も本があったために帰るのをやめ、店内に入って呼ばれるまでの二十数分間、読書でやりすごすことができた。

 
自分が呼ばれる前に横に目を見ると、後ろにさらに4人の男性が座って待っていた。早速人間観察をしたのだが、時代を感じさせてくれたのが、4人のやっていることが“四者四様”だったことである。一人はスマホ、一人は携帯(ガラケー)、一人は携帯ゲーム機を触っており、もう一人は本を読んでいた。二十年くらい前なら、違う光景だろうなあと想像した。

 それくらい前であれば、携帯電話がまだ普及していないので、一人は日経や読売などの新聞、一人はスポーツ新聞、一人は読書、そしてもう一人は居眠りしていたのではないかというのが、私の描いたイメージである。これも“四者四様”ではあるが中身は異なり、頭の中での勝手な想像ながら、時代の移り変わりを感じさせる。

 今までにしばしば書いてきたことで繰り返しになるが、散髪を待つような時間つぶしにおいても、選択肢が多いのはよいことである。なぜならば、自らの意思で選べるからであり、それは自由な人間として生きられることの裏返しである。

 そういえば、私は自分の順番を待っている間、この“四者四様”の光景についてブログに書こうかとも考えていた。すると“五者五様”と言うべきだったか、考えるということも選択肢の一つなのであった。返す返すも、選択肢が多いことは素晴らしいことである。

(2015年1月3日記)

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