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2015年1月22日 (木)

数値目標の問題点

 昨年の12月だったと思うが、ある都道府県の県警が、交通事故死者の数を過少に計上していたことが明らかになった。この都道府県は、交通事故死者が全国でも非常に多いことから、死者を一定の人数以下に抑える目標を掲げていた。今回の過少計上の背景には、この目標を達成するために、みかけの数字をよく見せないといけないという力が働いたのだろうと私は思う。

 過少計上が故意によるものかどうかは現時点ではよく分からないが、常識的に考えて、データの捏造と言われても仕方のないものである。従来からある交通事故死の基準を変えずに件数をカウントすることは、それほど難しいこととは思えないからである。

 私はそもそも、数値目標に重きを置きすぎるのが良くないと思う。それがもし、組織やそこに属する個人の評価・人事考課に繋がっているとすればなおさらである。その数値目標が最初は無理のないものに思えても、実績との乖離が大きくなってくれば、天の声で目標必達が求められるようになり、担当者がまずいこととは知りながら、数字をいじる要因になってしまうと考えられる。

 最も問題だと思うのは、真実の数字を糊塗する結果、事故死者数の増加の原因分析が疎かになったり、死者を減らすための根本的な取り組みが遅れることである。

 以上述べたような由々しき事態が生じうる場面は、交通事故に限らず、色々と考えられる。例えば、いじめ。いじめをゼロにしようとしている学校もあるようだが、これなども下手をすると、周りや上からの評価、メンツにこだわるあまり、本当はあったいじめを“なかったこと”にしてしまうかもしれない。この数字操作が間違っていることは明らかである(教育機関が主導となれば、なお罪深い)。

 こう考えてくると、数値目標を単体で掲げて組織の活動を引っ張っていくのは、人間が介在し運用する以上、かなり危険であると思う。対策の一つとして、まず真の数字を正直に明らかにすることを大前提とし、その開示へのインセンティブをより大きくする(あるいは怠った際のペナルティをきつくする)といった具体的な仕組み作りが肝要であろう。今日取り上げたような事件を報道で見聞きするにつけ、私は、人間を性悪説的に捉えることも時にはやむをえないと思うのである。

(2015年1月22日記)

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