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2015年1月 5日 (月)

断わり方の作法

 今日は「断る力」と「断わる力」について書いてみたい。どちらの送り仮名が良いのか、寡聞にして私は知らないのだが、それが主題ではないので置いておこう。前者は、経済評論家・勝間和代さんの著書名である。「断る力」を企業社会で発揮するとどういうことが起こるのか、体験談が披露されている。

《ある意味、私は「断る力」を身につけるまで、「コモディティ」すなわち、他人でも十分に代替がきく汎用的な人員だったと思います。当時の私の仕事は、マッキンゼーメソッドを着実にこなせる中堅コンサルタントで滅私奉公ができる人であれば、たぶん、そのクライアント担当は誰でもよかったのです。それに気づいた33歳から34歳、私は社内で仕事を減らしました。断り続けました。結果として、社内での評判はもちろん、分かれました。新しいやり方を支持してくれる人がいる一方、これまで私のことを便利使いしていた上司の一部とはそりが合わなくなりました。それでも、仕事を減らすことで自己投資の時間も増え、自分の生き方を見直す時間もでき、結果として証券アナリストへの転身、そして経済評論家への転身と、「コモディティ」から「スペシャリティ」への道が開けたのだと、今でも確信しています》

(『断る力』(2009年発行、勝間和代著、文藝春秋))

 勝間さんが別の箇所で記しているが、「断る力」を発揮する以前の問題として、その力を身に付けるには相手との「対等」な人間関係が必要である。できれば、「対等以上」の関係になっているのが理想的と言えるだろう。

 さて、後者の「断わる力」は作家・林真理子さんのエッセイである。売れっ子の林さんには、講演や会食の依頼が多く来るらしい。週刊新潮に連載されているエッセイ『夜ふけのなわとび』に、「断わる力」と題した回があり、著名人ならではの悩みが述べられている。長くなるが、次のようなくだりである。

《(就活で受け取る不採用通知のように)断られる、というのは本当につらいものである。それに反して「断わる」のはずっとラク。なぜならば断わる方がずっと立場が上だからである。それがわかっているからこそ、人というのは断わる時、とても気を遣い、言葉を考え抜いて二重三重にもオブラートで包むのだ。

「だから、わかってくださいよ……ね」

 という日本独特のエレガント。

 が、最近これが通じないようになって、私は呆然とするのだ。

 たとえば、

「せっかくですが、その日は忙しくてちょっと用がありますので……」

 と言えばたいていの人はわかってくれた。ああ、断わられているのだと。

 つい最近のこと、若い女性から電話がかかってきた。

 「○月△月のことなんですけどね」

 十日後のことだ。

 「うちでこういうイベントあるんですけど、ハヤシさん、ゲストで出てくれませんか」

 私は、

 「その日はスケジュールが入っていて、本当に申しわけないけれどいけません」

 やんわりとお断りした。

 それから四日後手紙が届いた。

 「このあいだは都合が悪かったそうで残念です。私はハヤシさんのトークショーをしたいと考えているので、いっぺんうちに打ち合わせに来てくれませんか」

 「うちに」と言いきるところがすごい。もちろん打ち合わせにも行かず、この手紙もいっさい無視した》

《最初っから、

「すみません、忙しいので」

 この言葉ですべてを察してほしい。

 が、この断わり方を許さない人がいる。最近、

「お食事会、ハヤシさんの空いてる日を出して」と言う人が増えた。こうなると「断わる力」はなす術がない。日にちを言ってくれれば、

「すみません、その日は忙しくて」

と逃れられる。が、

「来月中、何日か空いてる日を出してよ」

 は、よほど親しい人以外使っちゃいけない、「断わる力」を封じ込める離れ技》

(『週刊新潮』2014年11月27日号)

 林さんの話はまだ続くのであるが、ポイントは以上ではっきりしている。やんわりとした断わり方が通じない人が増えているようだ、ということである。これは、林さんのように依頼を多数受けるような人にとっては、悩ましい事態であろう。昔からある日本的なやんわり断わる作法は、放擲しないといけない時代になったのかもしれない。

 参考になるかもしれないと、私が考えている断わり方がある。金融機関などでは、取引にそぐわない相手に対して「総合的に判断して(お取引できない結果になりました)」と回答することがある。“総合的に”というのがミソで、具体的には何を意味するのかを言わず、そこを突っ込まれても理由を開示しないのである。こういう返し方は、応用できそうな気がする。仮に講演の依頼を断わる本音が「気分が乗らない依頼だから」という理由であっても、次のように返答できるのではないだろうか。

「色々な観点で検討し総合的に判断した結果、ご依頼を受けないこととなりました」

 
相手からは、このような返答は無礼だと受け取られるかもしれない。しかし、そもそも相手が断わられることを許さないような依頼をしてきたのであれば、「いかに丁重にお断りするか」という配慮を欠いたとしても、バランスが取れていると言えなくもないだろう。配慮をしない人にはこちらも配慮しない、ということである。

 そういえば以前、会社でお世話になった方から飲み会の打診の電話が来たことがあった。急に携帯が鳴ったため、私には知恵を働かせるような暇はなく、その方は私の気乗りしない声から気持ちを敏感に察知してこう仰ったのである。

「ははっ、飲み会、なんだか嫌そうだなぁ」

 こうやって、必要もないのにイジる人はいるものである。私は実際には手帳を確認し、本当にその日は予定が入っていたのでお断わりした。しかし、仮に予定がなく知恵を働かせることができたとしても、電話の場合は「総合的に判断して」とはとても言えそうにない。電話では、ただ「参加しません」とぶっきらぼうに言うことになるのだろうか。こう考えると、“万能薬”はまだ見つかっていない。

 
ここからは(も?)独り言。私の場合、飲み会に出たくない時の理由は色々とあるのです。お酒を殆ど飲めない、大勢の前での挨拶(近況報告)が下手、苦手な人がいる、物憂げな気分が続いている等々……そのあたりはどうか察してください……そう思っています。

(2015年1月5日記)

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