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2014年12月 7日 (日)

流れにまかせてみる

 スタッフ登録している派遣会社から、ある時、オヤッと思わせるメールが届いた。何でも、「新しい業務が始まることになった。ついては(柏本さんに)仕事を引き受けて欲しいと考えており、前向きに検討してほしい。ただ既存のスタッフに依頼することは考えていないので、本件を口外しないでほしい」という内容であった。

 どんな仕事内容か、メール文面では概要しか触れられていなかったが、私には悪い話ではなかった。仕事が増える上、その派遣会社の担当者から頼られているという実感もあり、ポジティブに受け止めることができたのである。ただ、不思議に思えたのが、「既存のスタッフに依頼することは考えていない」というくだりである。今の私には特段スキルなどないのに、従来からいるメンバーで対応しないというのはしっくりこない。どうも裏には、そうせざるをえない社内事情があることが窺われた。

 今日の本論はここからである。その担当者曰く、「会社に一度来てほしい。そして1時間ほど説明と研修を受けてほしい」という。私が参加するには、家からの移動に往復2時間ほどかかるため、計3時間かけて1時間分の時間給だけが“実入り”になる計算となる。交通費(実費)は後で精算されるとはいえ、これでは割に合わないと言わざるをえない。しかも、その新しい仕事が先々どれ位広がっていくか、現時点では全く分からないのである。

 そんなことを考えたが、結局私はその説明会兼研修会に参加することにした。時給を上げてほしいとか、場所を家の近くに変更してほしいといった要望は封印することにした。つまり、『流れにまかせてみる』ことにして、無条件で先方の手の平に乗ったわけだが、これには理由がある。一つには、私をあてにするに至った先方の社内事情が何か知りたいという純粋な好奇心である。私から何も主張せずに自然体で説明会兼研修会に臨めば、先方は私を警戒せずありのままの情報を教えてくれるだろうという読みである。

 
二つには、我を一切出さずに先方の望む通りに自分が動いた場合、どういうことがこれから自分の身に起こるのかに大いに興味がかきたてられたことがある。これは、私に言わせれば、“金銭的価値”とは全く別物の“体験的価値”と称することのできるものである。先方の導くままに進んだ場合、私はどんな体験をすることになるのか、怖くもあるが楽しみでもあるという心境になった。

 
もちろん、このように相手に唯々諾々と従っていては、結局いいように使われて終わるだけではないか、と見る向きもあるだろう。それは、ごもっともな指摘だと思う。が、私はこんな風にも考えている。

 一度相手の手の平に乗ってみて、もし嫌な思いをすれば、サッと降りればいいだけのことだと思う。仕事にしても、そこでの人間関係にしても、自分の許容範囲内であれば続ければいいし、もう嫌だ、耐えられないと感じれば、無理せずやめてしまっていいということである。他人の手の平の上で踊らされているようでいて、踊り続けるのもやめるのも、最後は自分で決めるのだとひそかに決意しておく。これが、私が当面採用する『流れにまかせてみる』というスタンスの背後で用意しておく切り札である。

(12月7日記)

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