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2014年12月27日 (土)

兄弟の距離感

 『林原家 同族経営への警鐘』(2014年発行、林原健著、日経BP社)と『破綻 バイオ企業・林原の真実』(2013年発行、林原靖著、ワック)を読んだ。企業経営や企業戦略に詳しい方ならピンとくると思うが、株式会社林原はトレハロースという甘味料で知られた岡山の名門企業であったが、粉飾決算が明るみに出たことをきっかけに、経営破綻した企業である(2011年に会社更生法の適用を申請)。二冊の本は、当時社長であった林原健氏と専務であった弟・林原靖氏がそれぞれ執筆されたものである。

 この二冊の本は、企業経営者の手による本のなかで異彩を放っていると思う。というのも、同族企業にあって、創業者の息子たちが兄弟で経営に当たることは決して珍しくないが、経営が行き詰まった経緯や顛末をそれぞれが公にするのは聞いたことがないからである。

 先に上梓されたのは弟・林原靖専務の本であるから、兄・林原健社長の本は、弟の本を受けて書かれたに違いない。経営破綻したとはいいながら、大きな救いだと思われるのは、両書において兄弟がなりふりかまわぬ責任のなすり合いや中傷合戦を繰り広げていないことである。会社の経営は、兄が研究開発部門を、弟が管理部門(経理等)を所轄していたようだが、破綻の原因は、売上をはるかに上回る1,300億円もの借入金を抱えつつ粉飾決算に走ってしまった、チェック機能不在の杜撰な経営にあり、兄弟の共同責任というべきものと読み取れるので、お互いに非難しても共感は得られないところだろう。

 私がお二人の回顧録を読んで考えさせられたのは、兄弟の距離感についてである。ここで私の辿り着いた結論を先に書いてしまうと、“兄弟は離れているのがいい”ということである。著書の中で、兄・林原健氏は《会社の基本的な方向性について弟と腹を割って話すべきだった》と書き、弟・林原靖氏は《やはり価値観の違いはいかんともしがたい》と吐露されている。血を分けた兄弟といえども、同じ家庭環境で育てられても、考え方や意見は完全なる一致をみないということであろう。

 弟・林原靖氏の著書『破綻 バイオ企業・林原の真実』には、以下のように“二人三脚”という言葉が二度登場する。

《わたしは兄の性格やこれまでの歩みからして、これらの不信感が醸成されるであろうことは多少予想していたが、実際にそれらが生の言葉となってわたしに投げかけられたときは、耐えがたいくらいの悲しみに包まれてしまった。

〈いままでずっと二人三脚でがんばってきたじゃないか……〉

わたしは心底落胆し、落ち込んでしまった》

《この一年半の間に、わたしは一生分の悲しみや苦しみを背負わされたような気がする。良くも悪くも林原は健と靖の二人三脚で、特に数々のパイオニア的な研究成果の実現は、林原健の異彩の発想があってのものだ。しかし反面、研究への強烈な思い入れや莫大な投資がなければ、借入金や金利も増えず、結果として一時的に売上げを過大計上する必要もなかった》

 私はこの文章から、悲しくも“二人三脚”の限界を感じてしまった。先代の親の思いや願いを受けて、企業を末永く繁栄させんと兄弟で“二人三脚”で経営にあたっても、歩調が合わなくなることがある、ということであろう。残念ながら、“二人三脚”は“一心同体”ではないのである。

 ここで先ほどの結論に戻ることになるのだが、兄弟が良好な関係を維持し続けるには、“兄弟は離れているのがいい”と私は思う。血の繋がった兄弟というのは、お互いに期待するものが大きく、かつあえて口に出さずに期待しあっているから、かえって赤の他人同士よりも関係がこじれやすくなるところがあるのではないだろうか。

 一般論として、私は以上のように考えたわけだが、株式会社林原のように親の事業を息子兄弟が継承する場合は、この“兄弟は離れているのがいい”を実践するのはかなり難しそうである。具体的にどうすればいいか、企業経営において何かいい成功例はないものだろうか。もし今後、多読を進めるなかで好事例があれば紹介したいと思う。

(12月27日記)

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