« 他者性を考える(その2) | トップページ | 働くことの裏側 »

2014年12月30日 (火)

他者性を考える(その3)

 二日間に亘り他者性について述べてきたが、今日は少し逆のベクトルで書いてみたい。言いたいことは、「(他者性は重要だが)ゆきすぎた他者承認には気をつけよう」である。

 私はフェイスブックやツイッター、LINEはやっていないのだが、こうしたSNSにおいて、「いいね!」ボタンが沢山押されるのを楽しみにしたり、「既読」になったのに返事がないこと(いわゆる既読スルー)を気にかけるというのは、少し危うさが漂っていると思う。なぜなら、他者承認に頼りすぎることになりかねないからである。

 人から褒めてもらえばやる気が出るように、他者承認は元来嬉しいものである。元気が出る。しかし、何事も過剰になれば、副作用が生じうる。毎日のように他者承認を求めるようになると、他人の目が気になって落ち着かなくなると思われる。他者承認なくしては、現在の自分を肯定的に受け入れられないことになりかねない。本来であれば、他者承認などなくとも、一人の人間としてしっかりした自己が確立されているべきであろう。

 このように、ゆきすぎた他者承認に警鐘を鳴らした私自身はどうかと言うと、よく知らない方からの一方的なフィードバックは、承認も批判も心を穏やかにしないため、このブログではコメントを受け付けない設定にしているが、一方でブログへのアクセス数は時々見ている(←ちょっぴり気にしている)。もしこれを頻繁に調べるようになれば、少し病的ということになるのであろう。私は他者承認に依存することがないよう、自分を冷静に眺めることを心がけているつもりである。

(12月30日記)

« 他者性を考える(その2) | トップページ | 働くことの裏側 »

ブログ」カテゴリの記事

人間関係」カテゴリの記事

生き方・人生論」カテゴリの記事

生活全般」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/573382/60878719

この記事へのトラックバック一覧です: 他者性を考える(その3):

« 他者性を考える(その2) | トップページ | 働くことの裏側 »