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2014年12月29日 (月)

他者性を考える(その2)

 昨日述べた他者性について、大変興味深いエピソードを思い出したので、2つほど書籍から紹介したい。まずは、就活を始めようとする大学生と、それを支援する大学キャリアセンターの大人との“茶髪問答”である。

《茶髪問答がある。就職活動前の大学生が、「なんで黒くしなければならないのですか?」と聞いてくるのだ。反発でなくて、純粋に訳を知りたがる。自分で考えなさい、と突き放したいところだが、このケースは前述の質問魔とは違う。だから私は、

「髪の毛の色がキミのすべてを表すわけではないが、仕事をするときにキミの個性を認めてくれる人もくれない人もいる。特定の人がOKで特定の人がNGというときに、不特定多数を相手に何かを提供する側の者としてどうなのかね?」

 と、ていねいに答える。これでたいてい納得する》

(『大学キャリアセンターのぶっちゃけ話』(2011年発行、沢田健太著、ソフトバンククリエイティブ))

 もう一つ、“茶髪問答”に続き、こちらは“帽子問答”とでも称すべき話である。舞台は同じく教育現場で、一人の学生が大勢の教官と学生を前にして、卒業研究の中間発表をしている場面である。

《ある学生が帽子(白いつばの大きいやつ)をかぶったまま発表しているのです。「質問ありませんか?」と司会の先生が言ったので、さっそく「帽子をとってくれませんか?」と言いますと、そこにいた五0名ほどの教官と学生からなる場は、一瞬ぐらりと揺れる。発表者は、私のほうをそっと見て「なんでですか?」と聞く。私は「不愉快だからです」と答える。学生は黙る。私は「帽子とらない?」と尋ねる。彼は、うなずく。そこで、私は「あとで議論しましょう」と言い、彼は最後まで帽子をかぶったまま質問を受けたのでした。終わったあとで彼を探しましたが、もういなかった》

(『怒る技術』(2006年発行、中島義道著、角川書店))

 “茶髪問答”も“帽子問答”も、「個性を出して何が悪い?誰にも迷惑かけていないではないか」と考えてそうな若者の他者性の欠如を示している。“茶髪問答”では、将来彼から商品やサービスを購入する他者が茶髪の彼をどう感じるだろうかということに、思いが至っていない。“帽子問答”では、帽子をかぶったまま発表している彼を教官や他の学生がどう感じるだろうか、ということが完全にスルーされているのである。

 
“帽子問答”で言えば、「帽子は発表の場にそぐわなく、不愉快に感じる人がいるかもしれない」ことに彼は気づくべきであった。“茶髪問答”では幸いなことに、どういう振る舞いをすべきかを、理由も含めてその学生は学ぶことができたが、姿を消してしまった“帽子問答”の学生は、折角の学びの機会を自ら放棄してしまっている。「ウザい」と思ったのかもしれない。こうした若者が社会に出て上手く適応できず、居場所を得られなくなったとしたら、一体誰の責任になるのであろうか。そう考えると、若者は日頃から学びの姿勢を取り続けるべきであり、大人の側も時には嫌われ者になる覚悟で懇切丁寧に教えることが必要であろう。それほどまでに、他者性は重要だと思うのである。

(12月29日記)

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