« 気になる「うんうん」 | トップページ | 手打ちを実現する一手を考える »

2014年11月 7日 (金)

実現しない手打ちに思う

 今月4日、深く考えさせられるニュースが流れた。青色発光ダイオード(LED)の開発によりノーベル物理学賞、さらには文化勲章を受賞した中村修二教授(米カリフォルニア大サンタバーバラ校)が、開発の場であった古巣の日亜化学工業に対して「関係改善を図りたい。社長と会いたい」と呼びかけたところ、同社は面談を拒絶したという。

 
このニュースについては、既にネットに色々な意見が書きこまれているらしいが、私なりに思うところを述べてみたい。青色LED開発の報酬額を巡り、かつて両者は法廷の場で激しく争ったわけだが、当時私はどちらかというと、社内で懸命に開発に取り組み、その成功の対価を法廷闘争の場に訴えざるを得なかった中村さんに同情していた。一般論でも言えることだが、企業と個人が争う場合、個人の分が悪いと思えたからである。しかし、今回のニュースで受けた印象は全く違った。マスコミ報道によると、中村教授の呼びかけに対して日亜化学工業が出したコメントは以下のようなものであった。

《中村教授は15年前に弊社を退職された方で、弊社は中村教授に何かをお願いするような考えは持っておりません。今回、弊社に対する深い感謝を公の場で述べておられ、それで十分。貴重な時間を弊社へのあいさつなどに費やすことなく、物理学に大きく貢献する成果を生みだされるよう祈っております》

 なんという文章だろう。筋の通った完璧さと慇懃さの裏側に、これほどの冷たさを湛えた文章を目にすることはなかなかない。現社長が、決して表立って語ることのない中村氏への深く重たい感情の存在を暗示させるものとなった。

 中村教授は「自分は悪いことは一切していない」という立場と見られる。しかし現社長からすると、①法廷で真っ向から争ったという事実、②中村教授が感謝した、開発にGOサインを出した創業社長との対比で(間接的に)辱められたこと、③日亜化学工業の中村氏への処遇を“奴隷”(slave)と公言して憚らなかったこと、④中村教授が研究開発の原動力として挙げた“怒り”(anger)の矛先は同社であったことなどから、現社長は昔から現在に至るまで、中村教授に執拗に攻撃され続けたと受け止めているのではないか、私は想像する。

 現社長の胸の内を、私なりに忖度すれば、恐らくもう中村教授とは金輪際関わりたくはないのだ。はっきり言えば、ノーベル賞を受賞しようと、今後どんな名声が積み重なろうと、中村教授という人間が嫌いなのだと思う。文化勲章の受賞を機に、「関係改善を図りたい。社長と会いたい」と思ったという中村教授の直線的な思考にも辟易したのではないだろうか。本当に関係改善を図る必要性をかねてから感じていたならば、受賞のタイミングとは全く無関係に、今までにいつだって行動に移すことができていたと考えられるからである。

 中村教授は、「人生短いから、ケンカしたまま死にたくない」とも述べたようだが、同社のコメントから判断して、手打ちは無期限で実現しそうにない。私は今回の一件でつくづく思った。人間、一線を越えて喧嘩をしては絶対にダメなのだ。どちらが正しいとか正しくないということが問題ではなく、人は足を踏みつけられた痛みを容易には忘れないデリケートな感情の持ち主なのである。

(11月7日記)

« 気になる「うんうん」 | トップページ | 手打ちを実現する一手を考える »

人間関係」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/573382/60610332

この記事へのトラックバック一覧です: 実現しない手打ちに思う:

« 気になる「うんうん」 | トップページ | 手打ちを実現する一手を考える »