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2014年11月13日 (木)

心の堤防を決壊させるべからず

 現代の『蟹工船』とも言うべき『苦役列車』で芥川賞を受賞された西村賢太さんの随筆集『一私小説書きの独語』(2014年発行、角川書店)を通読した。小説のみならず、随筆も自伝的であったのだが、読んでいて「人間にはそういう傾向があるなあ」と感じさせられたところがある。

《うっかり言い忘れていたが、私は前年の中学三年時より、いわゆる家庭内暴力をふるっていた。きっかけは何かのことで母が私を叱りつけた際、それまでは黙ってやり過ごしていたのを、そのときは虫の居所が余程悪かったかして、これまでにない勢いで怒鳴り返し、ついでに腰の辺を蹴りつけてやったのである。(中略)さすがに拳ではなく平手ではあったものの、母の頭部をこれまでの百倍返しで立て続けに打ち、鼻から血を噴きださしてもやったのである。(中略)で、このときから母と私の、これまでの関係性は逆転した。馬鹿な話だが、私は自らの“完全勝利”に満足し、そしてこれに味をしめて、以降は何か気に入らぬことがあると母を痛罵し、足蹴にし、顔に唾を吐きつけた》

 芥川賞作家による家庭内暴力の告白というのは稀有なことかと思うが、西村さんの行動には人間一般の傾向が顕著に表れていると感じられた。それは、“一度矩を越えると、その後は何度でも簡単に越えてしまう”ということである。一度でも、殴る蹴るをしてしまうと、それは簡単にできることとして体感され、歯止めがかかりにくくなってしまうということだ。

 ここから学べることがあるとすれば、人間関係を毀損しないためには、暴言や暴力という破壊的な衝動が心に湧き起こってきても、なんとかグッと我慢をした方がいいということだ。でないと、その後はコントロールが利かなくなる可能性が高い。近年件数が増えていると言われるDV(ドメスティック・バイオレンス)やストーカー行為がエスカレートするのも、この辺りに一因があるのではないだろうか。少々伝わりにくい今日のタイトルには、そういうことを頭に留め置くための警句的な意味合いがある。

(11月13日記)

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