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2014年11月14日 (金)

方向音痴・場所音痴

 今日はとってもローカルな話から。十一月某日、外での所用を終えて家へ帰る途中、川越駅(埼玉県)に歩いて向かっていた時のことである。急いで駅の改札に入ったところ、行き先表示のどこにも、私の目的地“大宮駅”が見当たらない。何を間違えたか気づくのにさえ時間がかかった。JR川越駅に行くべきところ、隣の東武東上線川越駅の改札に入ってしまったのである。慌てて駅員さんに状況を伝え、ICカードを差し出してデータを消去してもらった。JR川越駅のホームに上った時は、丁度大宮行きの電車が出発したところだった。これで、次の電車が来るまで20分待つ羽目になった。

 
小さな事件は続く。そのホームは不思議と人気がなく、何分も待てどもなかなか電車がやってくる気配がない。すると、少し離れた別のホームに、電車が停車しているのが見え、「大宮行きの電車が○番線からまもなく発車します」というアナウンスが耳に入ってきた。再び慌ててそのホームに向かったのは言うまでもない。あやうく違うホームで無為な時間を過ごすところであった。

 こんな私の方向音痴・場所音痴は、父親譲りだと思っている。母が言うには、五十年以上前に父と母が新婚旅行(国内)に行った際、新妻を連れて父が自信満々に乗り込んだ列車が、正反対の方向に向かうものだったという。母は確か、出発前に自分が間違いに気づいたと言っていたが、男性が女性を逞しくリードするのが当たり前だった時代、これはなかなか格好悪い絵である。

 もっとも、こんな父親を笑う資格は私にはない。こんなことがあった。現在の妻と付き合っていた時のこと。その頃、私は車を運転していたのだが、ある時東京ディズニーランドにデートに行った。終日アトラクションや買い物を満喫した後、ディズニーランドのゲートを出た瞬間、「まずい」と思った。車を駐車した場所が全く分からないのである。“M-3”などといった場所の表示を覚えておけばよかったのだが、迂闊にもやりすごしてしまった。何分かかっただろうか。彼女と一緒に広大な駐車場を探し回った記憶がある。この一件で、彼女に愛想を尽かされなかったのは幸いというほかない。

 
以上のようなことまで告白すれば十分であろう。『方向音痴・場所音痴』は、私が人にはまず負けないと絶対的な自信を持っていることである(履歴書の特記事項欄には書かないけれど)。

(11月14日記)

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