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2014年10月20日 (月)

恋愛の作法

 ここ1カ月ほど、理由があってストーカーに関する書籍を数冊読んでいた。その中から、単純だが重要な真理に繋がる内容が目に入ってきたので紹介してみたいと思う。それは、ストーカー加害者のカウンセリングを手掛けている小早川明子さんの次の文章である。

《「A子さんはあなたをもう好きではないのよ。おつきあいは終わっていると言っています」(中略)「恋はどちらかがいやになれば、それで終わりだから」(相談相手に対し)淡々と、私の定論「世の中の常識は、言い放つのが一番である」通りに話した。そうすれば、それを相手が受け止めるかどうかが課題として浮かび上がってくるからである》

(『あなたがストーカーになる日』(2001年発行、小早川明子著、広済堂出版))

 恋愛絡みのストーカーに話は限定されるが、ストーカーは好きな相手に未練や想いがあって、ストーカー行為に及ぶのであって、その行為によってよりが戻ることはまずないと言っていい。付きまとわれた方が、再び恋愛感情を持つとは考えにくい。従ってストーカーは、理由や背景はどうあれ、相手に嫌われた時点で相手のことを諦めるしかないのである。

 恋愛は男女がお互いに好きになって成立するため、どちらか一方が好きではなくなった時点で、その恋愛は終わったと認識し、別の道を探るべきということである。これはストーカーに限らず、恋愛をする大人が承知しておくべき“恋愛の作法”と言えるものではないだろうか。

「いつの日か自分の想いが相手に通じるはず」とか「相手を幸せにできるのは自分しかいない」といった考えは、独りよがりの思い込みにすぎない。多くの人がそういう思い込みをし、一線を越えて相手に付きまとうのは、この作法の欠如が一因ではないかという気がする。受験勉強や学問の場である学校では、この“恋愛の作法”までは教えてはくれない。だから、その開いた穴を埋めるべく、広く社会が「恋愛はどちらかがいやになれば終わり」ということを当たり前と捉え、終われば身を引くことを“恋愛の作法”として定着させなければいけないと思う。世に言う「恋は盲目」だけではバランスを欠いているのである。

(10月20日記)

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