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2014年10月26日 (日)

家庭ではルールを決めない

私が好きなバラエティ番組の一つに、明石家さんまさんがMCを務めている『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ)がある。今月15日(水)の回で、マーケティングがご専門の評論家・牛窪恵さんが、刺激の強い指摘をされていた。それは、《多くのルールを決める夫婦ほど別れやすい》である。

 これはその通りだと思う。夫婦がルールを決める背景には大抵、家庭生活での役割分担を明確にしたいという考えがあるだろう。しかし、ここには落とし穴があると思う。お互いが合意して決めた役割を果たすことが当たり前になってしまい、片方が何らかの事情で果たせない事態が生じると、相手は「どうしてやってないの」と不平不満を抱くことになる可能性が高いからである。

 昭和の高度経済成長期のイメージになるが、例えば、夫がお金を稼ぎ、妻が家事をするというように役割を決めてしまうと、夫の収入が減れば、妻は「もっと仕事を頑張ってほしい」と不満に思い、妻の家事に至らないところが出れば、夫は「何でこれをやっていないんだ」と感じるだろう。そして、合意事項を破った場合は、どちらも相手に対しその不履行を責める権利があるように捉えてしまう。これは、夫婦喧嘩に直結する伏線になってしまっている。

 非常に手前味噌になるが、わが家ではルールを決めずにうまくいっている。夫婦で《ルールを決めていない》というのは、正確さに欠ける表現かもしれないが、堅苦しくルールを定めたりはしていない、ということである。ゴミ捨てや風呂掃除といったことも、どちらがやるかは阿吽の呼吸みたいなものでこれまでなんとなく決まってきたし、できない時は相手をフォローしてきた。そもそも、どちらが担当なのか分からない“グレーゾーン”も存在する。それは、気がついた方、気になった方がやるだけで、相手にあれこれ言ったりしない。そして、自分がやったことについても、「トイレ掃除したよ」といった報告を、する・しないは決めていない(その時の状況で判断している)。いわゆるホウレンソウ(報告・連絡・相談)を家庭生活にまで取り入れるのはやりすぎであろう。報告する・しないという手続きまで決めてしまうと、これも夫婦関係をギスギスしたものにしかねないと考えている。

 今までの話は、大元の結婚についても当てはまる。結婚を“契約”だとお互いに認識して夫婦になると、そこに権利義務みたいなものが生じ、夫婦関係が楽しいものにはなりにくい気がする。“ルールを決めないのがわが家のルール”などと気取ったことを言うつもりはないが、信頼関係をベースとして自らgiveすることを率先すれば、堅苦しいルールなんか定めなくても案外うまくいくのではないか、というのが私の実感である。

(10月26日記)

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