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2014年8月17日 (日)

修正された勝負哲学

 ある社会や集団において、時の実力者が発した言葉が大きな影響力を持ち続けることがある。私の大好きな将棋で言えば、米長邦雄永世棋聖(故人)の言葉に、《相手にとって重要な勝負こそ全力を尽くす》というものがある。自分にとっては勝ち負けが重要ではないが、対局相手にとっては負ければ即引退になってしまうような対局こそ、全力で指すべきという内容で、これはプロ棋士のみならず将棋ファンの間でも“米長哲学”としてよく知られている。

 米長さんの弟子にあたる伊藤能六段が、著書『棋士米長邦雄名言集 人生に勝つために』(2014年発行、日本将棋連盟)の中で、《この米長哲学は多くの棋士が共感し、徐々に将棋界に浸透していった。現在の将棋界ではこの思想こそが当然の姿勢となっており、私情などが入り込む余地は一切ない》と説明をされている。将棋ファンには、常にプロの真剣勝負を見たいという思いがある。将棋界において、ファンの離反を招きかねない八百長対局が一局もなく現在に至っているのは、米長哲学が少なからず貢献したおかげではないだろうか。

 
棋士として素晴らしい実績を残し、日本将棋連盟の会長も務められた米長さんは、2012年12月に病気のため69歳で永眠されたが、意外なことにその後、この米長哲学に対する異論が棋士の中から出てくるようになった。私の知る限り、お二方いらっしゃる。渡辺明三冠(当時)と加藤一二三九段である。それぞれ著書に、次のように記されている。

《相手にとって大切な対局こそ全力で向かえと言う「米長哲学」は賛成しかねる。「どんな対局であっても頑張れ」というなら、論理的で理解できる》

(『勝負心』(201311月発行、渡辺明著、文藝春秋))

《私は米長哲学について少々異を唱えたい。「プロならばすべての将棋に全力を挙げるものだ」と》

(『負けて強くなる 通算1100敗から学んだ直感精読の心得』(2014年発行、加藤一二三著、宝島社))

 渡辺明さんは現在のトップ棋士の一人、加藤一二三さんは名人獲得経験のある74歳の現役棋士で、キャリアも年齢も全く異なるが、描いている勝負師のあるべき姿は共通しているところが興味深い。論理的に詰めて考えれば、お二人の見方の方が、米長哲学よりも説得力があると言えるだろう。

 
ようやく昨年になって、このような“修正された勝負哲学”が登場してきたのは、思うに、ご存命中に異論を述べれば角が立ってしまうという、米長さんへの配慮が多分にあったのではないだろうか。一方で、より正確な勝負哲学を提示することは、将来の将棋界にとってプラスになるはずという信念のようなものが、お二人を自らの見解の表明という行動に駆り立てたのだろうと思う。

 
将棋という頭脳格闘ゲームは、指し手の良し悪しをデジタルに評価する動きが年々強まってきているが、この一年に見られた勝負哲学を巡る動きは、米長さんへの配慮を含め人間くさいアナログなものであったと私は感じている。偉大だった米長さんは、亡くなってからも将棋界を動かしたと言うこともできよう。私は“指さない将棋ファン”として、大変有り難いことに、棋譜のみならずこうした細かい動きまで楽しませて頂いている。感謝するばかりである。

(8月17日記)

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