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2014年8月29日 (金)

ビジネスパーソンの三悪

 今日はタイトルを「ビジネスパーソンの三悪」としたが、昔風に「サラリーマンの三悪」と表現した方が分かりやすいかもしれない。言わんとするところは、“サラリーマンの悪いところ三つ”である。このようにお題を出されれば、あまり悩まずに回答できる人は多いのではないだろうか。

 
小説家・黒井千次さんが約三十年前に書かれた『働くということ』(講談社)という本に、次のような興味深い一節があったので、そこで立ち止まり自分なりに考え始めた次第である。

《かつて、「サラリーマンの三悪は、目覚し時計と、ネクタイと、満員電車だ」と話してくれた人がいる。彼は四年間銀行に勤めた後に銀行員をやめてしまったのだが、この「三悪」が直接の原因で勤め人生活に見切りをつけたのではないにしても、彼の言葉には「サラリーマン」ならではの実感がこもっていた》

(『働くということ』(1982年発行、黒井千次著、講談社))

 黒井千次さんは1932年生まれで、1955~1970年の15年間サラリーマンをしていたというから、この頃のサラリーマンの不満ということになろう。もちろん、「目覚し時計」「ネクタイ」「満員電車」が当時の最大公約数的な回答とは限らないが、当時の社会状況を思えば、それなりに説得力があるように感じられる。この三つは、労働力として大量に企業社会に吸い上げられていった勤労者が、“自分たちをきつく縛るもの”として嫌っていたものではないだろうか。

 この三悪が私に興味深く思えたのには、わけがある。全て勤め先の外にあるものだったからである。「目覚し時計」は家にあり、「ネクタイ」は家で締め、「満員電車」は通勤途上で利用するものである。会社など勤め先の中には三悪はない(「目覚し時計」「ネクタイ」「満員電車」にとっては、少々不当な扱いであろう)。そして、私たちが思いつきそうな「職場での人間関係」「ノルマ」「長時間労働」「サービス残業」といったものが、“三悪入り”していないのは意外であった。

 私は、「ひょっとすると当時の日本は、勤め先や職場には、サラリーマンが心を病んでまで悩むような“悪”が本当になかったのでは」と思うようになった。働いた分だけ給料が増え、中流意識を共有でき、土曜日の出勤も大きな負担ではなく、運動会や旅行などの社内行事も活発で、勤務先の成長が社会の発展に直結していると感じられた時代には、“勤め先(会社)=三悪の温床”という見方は取りようがなかったのではないか。

 時計を“今”に進めて社会を眺めてみる。すると、この三悪のうち、「ネクタイ」はクールビズやカジュアルデーの広がりにより着用する機会は減り、「満員電車」は交通機関の拡充により随分と混雑が緩和されたことが分かる。残るは「目覚し時計」ばかりなり、といった様相である。ならば、サラリーマンの三悪は霧消して、めでたしめでたしと喜んでいればいいのだろうか。

 私は、先に挙げた「職場での人間関係」「ノルマ」「長時間労働」「サービス残業」といった、まさに勤め先の内部に存在することが、現代の「ビジネスパーソンの三悪」として、かつての「目覚し時計」「ネクタイ」「満員電車」に取って代わったと感じている。三悪が勤務先の外にあった時代は、古き良き時代であったのだ。今は、生活の糧(給料)も、働きがいも、濃厚な人間関係も、そして三悪も、同じ勤務先の中に存在し、これらはお互いに複雑に絡み合っていると想像する。ゆえに解決は容易ではなく、私たちは昔よりもずっと、精神的にしんどい、大変な時代に生きていると思うのである。

 
今日は最後まで、現代の「ビジネスパーソンの三悪」の正体には触れずじまいだが、今の三悪は一体何なのか、どこかで答えを見つけて、私たち現代人が自分宛ての処方箋を考える際の材料にしたいと思っている。

(8月29日記)

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