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2014年8月25日 (月)

耳障りな公共放送

 暑い夏もようやく終盤戦だが、今年も“騒音”に悩まされた。文章は記憶ベースのため正確ではないが、暑い日には、昼近くの時刻になるとスピーカー音のようなものが聞こえてくるのである。

「こちらは○○○です。気温の上昇による熱中症が増えています。暑さを避け、こまめに水分を摂るなどして、体調管理に注意しましょう」

 この種の放送にはうんざりさせられる。テレビを観ても、ネットを見ても、気温が上がりそうかどうかの情報は流れているし、外の天気、太陽の照り具合を見れば、その日暑くなりそうかぐらいは、動物の感覚として十分分かるからである。《こまめに水分を摂るなど…》に至っては、お節介ここに極まれりといった感じがする。

 もちろん、高齢者が亡くなることもある熱中症を軽くみていいということではない。乳幼児、小さい子どもも気を付ける必要があるだろう。しかし、広域を対象に一斉放送するような情報ではないと思う。大切なことは、本当に困りそうな人をサポートすることだろう。例えば、部屋にクーラーのない高齢者がどこに住んでいるのか、そういう方々をどうサポートするのかが具体的に議論され対策が講じられるべきであって、広く住民に放送することに手間や時間、お金をかけるのは、愚策に思えて仕方がない。省エネと節約を兼ねて日中は冷房をかけないことにしている私は、“静かに生活する権利”を侵害されていると感じる上に、音のせいで余計に暑さが感じられて、不快さが増すのである。

 
そろそろ、「ブログでそんな文句を言っても仕方ないよ」と言われそうである。確かに、しかるべき行政機関の窓口に意見する方法はある。が、初めて改善を申し入れた際には、「まあガス抜きになるから、この人の意見は聞いておけばいいよ」と相手に受け流されそうであり、重ねてお願いした場合は、「あれはいわゆるクレーマーだよ」とやっかい視され、さらに要求し続ければ、最後には「そんな文句を言ってくるのはあなたくらいですよ」と、私は少数派の輩に貶められて、私の一連の抗議行動は終わりを迎えるだろう。そこまでの展開を想像すると、時間は有限の資源なのに何たる無駄か、と思う。

 以前にも書いたことがあるが、日本では「みんなにはまず勝てない」のである。それが分かっているから、私は『うるさい日本の私』(1996年発行、洋泉社)という奇書を書いた中島義道さんのような行動をとる気にはなれない。ブログを読んでくださっている読者の方々の共感が得られるかどうか分からないまま、ただただ、ブログで思うところを書いて、行き場のない憂さを晴らしているだけである。

(8月25日記)

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