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2014年6月 6日 (金)

母から見た私

 昨日は母性について、温め考えてきたことを書いたが、今日も関連したテーマで続けたい。それが『母から見た私』だが、どうも私は母が願ったような人間には育たなかったようだ。

 
母は私に対しても兄に対しても、とても教育熱心であった。それは、母自身が勉強の機会に恵まれなかったこと、そしてそれは夫(私の父親)も同様で、社会に出てから学歴の面で苦労を余儀なくされたことが大きかった。母は決して私に「勉強しなさい」とは言わず、昔風の表現で言う“教育ママ”ではなかったが、「勉強することが明るい未来に繋がる」という信念を持ち、私はその信念をまとった家庭のなかで育った。母にはある種の学歴信仰があり、私の半生はこれに沿った人生であったと思う。

 
そう考えれば、母の意を十分に汲んで折折の人生の選択をしてきた私は、途中までは申し分ない“良い子”であったはずである。それがいつの頃からか、こんなことを言われるようになった。

「あなたは変わった子だわ」

 
この言葉が一番“活躍”したのは、私が長年勤めた会社を退職し独立した時だったと思う。人とは違う生き方に舵を切った私を母はなかなか理解できず、こうした表現をすることで自分の心をおさめようとしたのだろう。ところが、その後暫く経って、少々違った別の見方が登場することになる。私が『男の本格節約術』(ごま書房新社刊)という本を初めて上梓した時に、母は次のように口にしたのである。

「あなたは凄い子だわ」

 
私は、「あなたは変わった子だわ」と突き放されたからといって落ち込んだこともなく、「あなたは凄い子だわ」と褒められて舞い上がったことも全くない。大抵フラットな心境で聞いていた。振り返れば、下宿生活を始めた十代後半の時点で私は精神的な自立を果たし、母の人生は母の人生、私の人生は私の人生と捉え、人間が違うのだから考え方も人それぞれなのだと思って生きてきたのだ。だからその頃から、極論すれば、母がどんなことを私に言ってもそれに振り回されることはなく、心が痛めつけられることもなかった。

 
ここで昨日の話に戻ることになる。母性というものは非常に強力である。母親にとって当たり前の母性が、子どもには抗しきれない巨大な力となることがある。私の態度や生き方は母を少なからず失望させたのかもしれないが、母性対策は必要だと早いうちから私は考えるようになっていたのである。そして、一人の大人の人間として精神的に自立すること、そしてそれを早く親に感じてもらうことが大切ではないか、というのが私が体験的に得た結論である。

(6月6日記)

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