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2014年6月26日 (木)

毛髪哀話

 もう直りそうもないのだが、本を読んでいる時、つい無意識に手で頭髪を触ってしまう癖がある。昔は気にならなかったのだが、最近はそうもいかなくなってきた。というのも、気がつくと、けっこうな量の髪が床や机に落ちているからだ。1時間読書をしていれば、二、三十本ほど抜け落ちているように思う。せめて白いものに限定して抜けてくれればいいものを、白黒構わずランダムに落ちている(しかも白は見つけにくい)。

 
一般に、人間の頭髪は全部で十万本位だったと記憶している。そうであれば、二、三十本など殆ど無視できる本数に思えるが・・・毛根は生きているだろうかも少し気になる。世の中では、このようなことが気になって気になって仕方ない人(特に男性)が、増毛や植毛、かつらを扱う企業の巧みな広告に吸い込まれていくのだろう。

 
一方で、気味悪がられるかもしれないが、私は抜けた頭髪には「お勤めご苦労様でした」と感謝の念も抱いている。時々、水銀などの有害物質の測定に髪が使われることがあるが、髪を通して有害物質が体外に放出されているのであれば、そういうデトックス的な“機能”は有り難いと思う(もっともこれは髪そのものへの感謝であり、抜ける抜けないは関係ないが)。

 
さて、こんな自虐ネタをさらっと書けるのも、私が家で妻の“口撃”により鍛えられているからである。妻はこれまで私に沢山のあだ名を付けてきたが、私が髪の行く末を深く案じている姿を見て、「ズラモン」とか「ズラテンテー」(テンテーは先生の意)と名付けたことがある。今も携帯メールをやり取りする際、たまに「はい」の意味で、「そうズラ、そうズラ」といじりながら返してくる。

 
己の名誉のためにここは太字・下線ではっきりと書いておくが、私はまだズラではない。では、「将来的にはどうする予定か」と聞かれれば、今日のところはこう答えておきたいと思う。

「髪のみぞ知る」(ツルんとスベってごめんなさい)

(6月26日記)

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