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2014年5月29日 (木)

小島慶子著『解縛』の読後感

 タレントでエッセイストの小島慶子さんの本『解縛 しんどい親から自由になる』(2014年発行、新潮社)を読んで、複雑な読後感を覚えた。本自体は、母親からの呪縛を長い年月かかって解いた小島さんが半生を振り返ったものである。私はかねてより、一度ブログで“母性”について思うところを纏めてみたいと思っていたため、書名を見てこの本を手に取ったのだが、すっきりしない感覚が残るとは思ってもみなかった。

 
時間をかけて通読するに値する本だと思うので、ここでは本の内容紹介は控えさせて頂きつつ先を急ぐこととするが、一言で片づけられない私の感情を冷静になって整理すると、以下のようになった(【】内は私の抱いた感情)。

【好感】

 全体を通して、知性が感じられる大人の女性の文章。世間的な“女子アナ”のイメージについてまわる浮ついた感じがなく、中身がしっかりしている印象を受けた。

【共感】

 書中の《誰よりも強く私を求め、私に与え、私を追い込んだ人は、母でした》、《あの時代に限らず今に至るまで、仕事に邁進する夫と孤独を深める妻、その孤独を埋めるための道具になる子供、という構図は定番なのかもしれません。どこにも、子供の領分はないのです》といった、幾度となく登場する母親に言及した記述は、私自分の経験に照らしてもよく理解ができる。

 
また、母親との関係性が要因となって、15年に亘り摂食障害に苦しみ、さらには不安障害を発症し、自殺念慮まで抱えた苦しみは、本当に辛かっただろうと想像された。

【嫌悪】

 海外の日本人学校に通っていた頃、いじめの標的になっていた女の子の机に小島さんが自分のノートを密かに押し込み、「あの子が盗ったんだ!」とでっち上げ、いじめに加担した“事件”を告白。今は深い反省と後悔の念の下に当時の様子が描かれているが、やはり卑劣なやり口には嫌悪感を覚えた。

【違和感と失望】

 ある箇所で唐突に、《その1年後に私は○女ではなくなりましたが、あの深夜の開花は、初めてのセックスの何倍も性的な体験でした》と、明け透けに語っている箇所あり。他の文章から伝わってくる折角の知性を損なっているように感じられた。

【疑問】

 本では母親のみならず、父親、姉との緊迫したやり取りも描写されており、家族はどういう思いでこの本を読んだのだろうか、これで家族間のわだかまりが解消するのだろうか、と率直に思った。また、極めて私的な出来事を公にしたことは、私には「プライベートの切り売り」、「売名行為」のようにも映ってしまった。これについて小島さんはあとがきで、《読んでいる人のうち大半は、出たがり女の露悪的な自意識垂れ流しだと思いながら読んでいたのかも知れない。それは幸いなことに、私には与り知らぬことなので構わない》と開き直っておられるが、そういう予防線を張ってまで小島さんが本書によって訴えた動機は何だったのだろう、という気がした。

 
以上、纏まりのつかない私の感情を列挙したが、いみじくも小島さんが《人は見たいように世界を見ます》と書いている通り、私は自分の勝手な価値観に基づいて『解縛』を読み、勝手に落ち着かない感覚を覚えただけなのかもしれない。女性が読めば、この『解縛』にはまた違った読み方なり受けとめ方があるのだろうな、とも思った。ここまで書いてもすっきりはしないが、今日は筆を置くこととしたい。

(5月29日記)

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