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2014年5月24日 (土)

ダウンシフターの未来は明るいか

 今月9日、 “ダウンシフター”を取り上げたテレビ番組を初めて観た。ダウンシフター(downshifter)はアメリカ生まれの言葉で、社会学者のジュリエット・ショア氏が提唱した概念と言われ、日本では“減速生活者”と訳されている。生きていくのに必要な分だけ稼いでのんびり暮らす人を指した言葉である。関連本も何冊か出版されており、『減速して生きる ダウンシフターズ』(2010年発行、髙坂勝著、幻冬舎)が比較的知られていると思う(入門書としてお勧めです)。

 番組では、働き方、生き方の多様性に言及し、《成熟した社会にあってそういう選択肢があってよい》と歓迎する旨のコメントが流れていた。基本的には私も賛成の立場である。皆が同じ方向に進んでいく企業戦士である必要はない。人生における働くことの意義づけも人それぞれであってよいと思う。また、現実的に、多忙を極め神経をすり減らす仕事から降りることを決断した人が多くいることも納得できる。

 
ただ、一つだけ気にかかることがある。それが今日のタイトルの『ダウンシフターの未来は明るいか』である。これでは言葉足らずだと思うので補足すると、気力・体力が充実した三、四十代はダウンシフターの生き方で充分として、両方が低下してくる五、六十代、それ以降はどうするのだろうか、という疑問である。未来のために現在をもっぱら犠牲にする生活は考えものだが、ある程度貯えを用意しておかなければ、後々苦しくなるのではないだろうか。必要な分だけ稼ぐというのは理想だが、それで長い人生を凌ぎ切れるのだろうか、という気がする。

 
思うのだが、人生は一時のブームに流されない方がよい。脱サラ、財テクがブームになったからといって、不勉強なまま安易に乗るのはリスクが大きい。現在のところ、“ダウンシフター”はスマートな生き方という綺麗な衣をまとっている感がある。今後これが大きな潮流になるのかは分からないが、今、勇気を出して動き出している人たちにしても、人生を賭けた“実験”なのだろうと思う。仕事や人生につき色々と考えている人は、時間が許すのであれば、ダウンシフターへの転身は腰を据えて研究してから判断しても遅くはないだろうという印象を持った。

(5月24日記)

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