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2014年5月30日 (金)

小島慶子さんが放った金言

 昨日小島慶子さんの本を取り上げたが、書いた後で後味の悪さを拭いきれず、読書記録を読み直してみたのだが、そこで気付いたことがあった。今回、主な読者を女性と想定したと思われる『解縛』を手に取ったのは、別の本『失敗礼讃 不安と生きるコミュニケーション術』(2013年発行、小島慶子著、KKベストセラーズ)を読んで、「我が意を得たり」と感じた箇所があったからだと思い出したのだ。この本では、特に以下の二文が大変印象深いものであった。

《人は、結局は物事を歪めて見ることしかできない》

《人は見たいものを見たいように見る》

 
私の胸に印象深く刻まれたのは、これが女性の口から語られたためである。一般に女性は、具体的な現象や事象を話題にすることが得意であり、本質を抽出して言語化するのは不得手と言われることが多い。そういう認識を持っていたため、この二文を目にして、小島さんという女性が人間の本質を射抜いていたことに驚かされたのであった。そして、続く『解縛』においても、同じ見解を目にすることになった。

《人は見たいように世界を見ます》

 

 著書に繰り返し登場したこの考え方は、小島さんの人生の支柱になっているように私は感じる。小島さんが、テレビという男性主導の世界に飛び込んで、周囲や視聴者、家族などからの勝手な見方に翻弄され続けた末に行き着いた境地ではないかと思う。その境地を換言すれば「人間は自分本位の存在なのだ」と、だから、処世訓としては「そういうものとして人と接すればいいのだ」と。

 
括弧《》で括った文章は、『小島慶子さんの金言』であると言っていい。そう思って今日のタイトルにも掲げたわけだが、これとて実は、私が見たいように見た解釈であって、小島さんご本人がそう思われるかどうかは分からない。つまるところ、私たちの見方はバイアス(偏り)から逃れられないのである。今日は私もそれを自覚した上で、昨日の続きを書いてみた。

(5月30日記)

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