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2014年5月25日 (日)

忘れられない教師の一言

 もう三十年以上も前のことになる。中学校の修学旅行先、信州での出来事。母親へのお土産に、二~三千円出して華やかな毬(まり)を買った。とても綺麗だったのでこれなら母に喜んでもらえると思い、帰りの列車で毬を袋から取り出し担任の先生に見せた。すると、思わぬ返事が返ってきた。

「これ、信州で作られたものじゃないんじゃない?」

 
私は目の前が真っ暗になった。どこで生産されたかなんて、確認していなかった。「いいお土産を買ったね」と褒めてもらえるとばかり思っていたので、がっくりときた。私が何も言葉を出せないでいると、先生は他の席へ行ってしまった。私の買った毬は、あっという間に“偽物”になってしまった。

 
旅行から帰った私は、特に説明をせずに、母に毬を渡した。もう母の反応なんて期待していなかったから、私の様子はそっけなく、事務的だったろうと思う。その時の母とのやりとりは、全く記憶にない。

 
今はこの担任も他界してしまっている。当時すでにベテランの先生で、クラスを上手く纏めていて頼りになる方だった。この“事件”以外は申し分なく、とても感謝をしている。が、当時を振り返ろうとすると、感慨深いエピソードは思い出せず、きつい思いをしたたった一つの出来事が今も頭の中に残っているのはどういうわけか。残念なことである。

 
母がこのお土産についてどう思ったか、聞いたことは一度もない。もし母が、担任と同じことを思っていたと知ったらショックであるし、「そんなお土産もらったっけ?」と言われたら、余計に落ち込んでしまうだろう。だから三十年間、この話題は持ち出さずに、今日に至っている。

 
人間関係、何でも本音で相手と話し合えるのがいい、というのはウソである。先生は本音を口にしなければ良かったのにと今でも思うし、私が母に聞かないのも、母の本音を知れば自分が傷つくかもしれないと思うからである。自分の本音はグッと飲みこんでしまっておく-これが成熟した大人に求められる、思慮深い態度ではないかと私は考えている。

(5月25日記)

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