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2014年4月24日 (木)

メールが伝えてくれること

 本やブログの読者の方などから、時々メールを頂くことがある。大半は感想や質問が書かれたもので、大変有り難く嬉しいのだが、まれに「うーん」と考えさせられたものがある。一例を挙げると、過去に次のようなメールが届いたことがある。

《初めまして。私は、先日日経新聞の一覧にて、貴書物「本脈」の広告を拝見させて頂きました、○○と申します。貴書物に関しての質問をさせて頂きたいのでございますが、宜しいでしょうか》

 
文章自体に違和感はないが、メール文中の署名とメールの差出人氏名が違っていたのが気になった。そして肝心の質問は何だろうと思い、「きちんと回答できるかどうかは内容によりますが、趣旨(背景)と合わせてご質問をお送り頂ければ幸いです」と書いて返信したところ、次のメールが届いたのである。

《ご返信頂き、有り難うございます。貴殿への質問内容でございますが、貴書籍の「本脈」の簡単なご内容と貴書物を貴殿より直接お受けさせて頂く事は、可能でございますか》

 
てっきり本の内容について聞かれるかと思っていたところ、内容を教えて欲しい、現物を頂きたいという文面でびっくりしてしまった。文章は質問の体裁をとっているが、実質的には依頼である。しかも、趣旨(背景)が全く分からないままで、ぶしつけな感じを受けた。私は、「本を送ったら中古本として売るつもりじゃないかな」と勘ぐらざるをえなかった。

 
私は、書籍は嗜好性の高い商材で、内容によって関心のある方とない方がいること、また現実的に、友人・知人のなかで贈る人と贈らない人を線引きすることも難しいことから、ごく身内を除き寄贈は行なわないことにしている。この方へは、そうした考え方を説明し丁重にお断りしたのだが、それに対する返信はなかった。そして、以上の一連のやり取りには、後味の悪さばかりが残ってしまった。

 
一方で、最近こんなメールが届いた。面識のないある出版社の編集者からの、雑誌向けのインタビューをさせてほしいという依頼メールである。文中、インタビューの趣旨が簡潔明瞭に説明されており、分かりやすい企画書がファイル添付されていた。とても印象の良いメールで、いい仕事になる予感がしたが、実際にお会いさせて頂いて、イメージした通り全くストレスなく終えることができた。

 
私は形式主義を好まない方だが、メールは体裁からも文章からも、送り手の様々な面を伝えるものだと最近強く実感している。初めて一緒に仕事をするケースでは、相手の人となりを知る手段が限られているのだが、メールはその大きな手がかりになるものである。もちろん、自分が送るメールについても、相手の“精査”を受けているであろうから、気を抜かないようにしなければいけないと思う。今の時代、メールはコミュニケーションツール、ビジネスツールとして当たり前のものになっているが、甘く考えていると痛い目に遭いかねない、そう思って今日はメールについて纏めてみた。

(4月24日記)

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