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2014年3月27日 (木)

夢はたいてい叶わない

 私がよく観るテレビ番組の一つに、雨上がり決死隊がMCを務める『アメトーーク』(テレビ朝日)がある(妻も大好きである)。番組の説明は省略するが、3月20日に放送された『すぐ腹立つ芸人vs腹立たない芸人』という企画で、出演していたお笑い芸人が非常に興味深いことをコメントした。それは、小籔千豊さんが言い放った「夢は叶わない」である。

 
小籔千豊さんと言えば、吉本新喜劇の座長、大阪弁丸出しの歯に衣着せぬ物言いで知られるが、この日は、笑いを取れるフレーズとは考えにくい「夢は叶わない」を観覧者に向かって何度も強調していたのが印象的であった。そこで今日はこの「夢は叶わない」について考えてみたい。

 
より正確には「夢はたいてい叶わない」としておきたいが、結論を先に書けば、私も「夢は叶わない」という考え方に賛成である。「頑張れば夢は叶う」とポジティブに言いたがる世間の風潮は、厳しい社会の現実を表していない上、若い方々をミスリードする恐れがあると私も思う。

 
もちろん、夢を実現した方はいる。小学校時代に抱いた夢を叶えた人を探してみると、確かに存在する。例えば、イチロー選手(プロ野球)、佐渡裕さん(指揮者)、故・金子哲雄さん(評論家・流通ジャーナリスト)あたりは、本に書かれていることもあり知られているところだろう。

《メジャーリーガーのイチロー選手が小学生から作文に、「将来はプロ野球選手になる!」と書いていたことは有名である》

(『若者よ、だまされるな!』(2012年発行、春山満著、週刊住宅新聞社))

《僕が指揮者という仕事に就こうと決めたのは大学生のときだったが、もしかしたら、このときすでに指揮者になりたいと思い始めていたのかもしれない。小学校の卒業文集の最後の言葉に、僕は「オペラ歌手になって世界の歌劇場で歌うか、ベルリン・フィルの指揮者になる」と書いた》

(『ぼくはいかにして指揮者になったのか』(1995年発行、佐渡裕著、はまの出版))

《小学校の卒業文集には、将来の夢のところに「評論家」と書いていた。価格情報を話す評論家になれないだろうか。これを商売にできないだろうか。漠然とながらも、私は考え始めていた》

(『僕の死に方 エンディングダイアリー500日』(2012年発行、金子哲雄著、小学館))

 
しかしである。皆が子どもの頃の夢を実現しているわけではない。夢を見つけられない人、夢を持ったが実現しない人が大半で、実現者は圧倒的少数派と言える。子どもの頃の夢を追跡し分析した適当なデータはないが、参考までに、18歳の時点を調べたアメリカの調査に言及した次のような文章がある。

《「プランド・ハップンスタンス・セオリー」(計画された偶然性理論)のクランボルツ博士がアメリカの一般社会人を対象に調査したところ、18歳のときに考えていた職業に就いている人は、全体の約2%にすぎませんでした》

(『「とりあえず、5年」の生き方』(2010年発行、諸富祥彦著、実務教育出版))

 
たったの2%!2%というのは非常に小さい数字だが、感覚としてはこんなものかなと思う。このように夢がたいてい叶わない一因に、夢と位置付けられるポストの数には限りがあることがある。二年程前のバラエティ番組で、堺正章さんが《芸能界は500席を奪い合う席取りゲーム。だから、長いものには巻かれろ!》と笑いながら口にしていたことがあった。「500席かぁ、本当かな」と思って、私は約一か月に亘って、テレビ番組に頻繁に登場する人のリストを作ったことがある(←暇人ですみません)。すると、500600人に達したところで、リストの作成が止まったのである。このように、羨望の眼差しで見られがちな芸能界を現実的にポストの数で捉えることもできる。

 
夢を実際に叶えた側からも、冷静な観察の下「夢はたいてい叶わない」と指摘されることがある。二つほど例を挙げてみたい。

《今も昔も、物事の本質は何も変わっていない。正しくいうなら、努力すればかなう夢もある、だ。どんなに努力してもかなわない夢で、世の中は溢れかえっているじゃないか》

(『全思考』(2007年発行、北野武著、幻冬舎))

《多くの人は現実をいずれ知ります。自分は野球選手になれない、パイロットにはなれない、アイドル歌手にはなれない、と。だから基本的には「夢はかなわないことのほうが多い」ことを教えたほうがいいのではないかと思います。別に幼稚園児にそんなことを言えとはいいませんが、物心ついた頃ならばいいのではないでしょうか。そこを誤魔化されたまま成長するから、「こんなに頑張ったのに認めてもらえない」という未熟な大人が増えるのです》

(『気にするな』(2010年発行、漫画家・弘兼憲史著、新潮社))

 
ここまで読んでこられた方はそろそろ、私の「夢はたいてい叶わない」に食傷気味かもしれない。これで終わると身も蓋もないので、ここからは「それでは現実的にどう考えるか」を私なりに述べてみたい。二つほど考え方を持っている。一つ目は、元サッカー選手・中田英寿さんのエピソードから導くことができるものである。

《サッカー日本代表のエース、中田英寿は、高校卒業の前後から税理士資格取得のための勉強をしていた。ファンの間ではかなり知られた有名な話だ》

(『組織に頼らず生きる 人生を切り拓く7つのキーワード』(2004年発行、小杉俊哉・神山典士著、平凡社)

 
つまり、プランを複数持とう、ということだ。サッカー選手になることを夢の【プランA】とすると、税理士になることを【プランB】として持っておく。このように複数のプランを擁しておくことで、【プランA】が上手くいかない時は、「よし、【プランB】を発動しよう!」と前向きに人生を歩み続けられるというわけである。個人的には、【プランD】くらいまで用意しておけば、かなり柔軟かつしなやかに対応できるように思う。【プランA】の夢だけを追えばもっぱら“リスクテイク”の人生だが、【プランB】以下が“リスクヘッジ”の機能を果たすのである。

 
考え方の二つ目は主に、夢の実現云々以前に、夢が見つからない人に向けたものである。それは、夢へのこだわりを捨てるというアプローチで、分かりやすくかつ示唆に富んだ文章がある。

 

《今、幸せな人に「夢や希望は何ですか?」って聞いたとしても、なにも出てこない。なぜなら、今が楽しいから》

《毎日、今が楽しくてしょうがない人は、ああなりたいとかこうなりたいとか、夢とか目標がないんです》

(『幸福力』(2010年発行、斎藤一人著、マキノ出版))

 
このように、日々幸せを実感している人には夢は必要ないことも、現実の一側面である。今手元にある幸せを大切にすることができれば、十分な人生になると考えることもできよう。今日は小籔千豊さんのフレーズを起点として長くなってしまったが、最後に一言、「夢にはゆめゆめ振り回されぬよう」。お後がよろしいようで。

(3月27日記)

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