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2014年3月25日 (火)

ぼくも戦争は大きらい

 漫画『アンパンマン』の作者、やなせたかしさんが94歳で逝去されてから5カ月ほどになる。最近、やなせさんの遺稿とも言える著書『ぼくは戦争は大きらい』(2013年発行、小学館)を読んで、やなせさんについて思ってきたことを纏めておこうという気になった。

 
面識などはないが、私とやなせさんの繋がりは古い。1990年代に遡るが、私は金融機関に勤めていた頃にエンターテイメント企業に出向する機会があり、そこで『アンパンマン』を扱った商品の販促に関わったことがあったのだ。その時に知ったことは、『アンパンマン』は小さいお子さんには、男の子女の子を問わず大人気で、親御さんも安心して見せられる心温まる漫画であったということである。

 
もっともその後、『アンパンマン』が脚光を浴びるにつれ、漫画の内容や作りに焦点を当てたマスコミの取り上げ方に、私は少々違和感を憶えるようになった。なぜなら、やなせさんが本当に世に訴えたかったことが十分に伝えられていない、と感じられたからである。やなせさんは、一貫して次のようなことを記されている。

《(飢えた子どもを助けることの他に)戦争で感じた大事なことがもう一つあります。それは、正義というのはあやふやなものだということです》

《ぼくはどんな理由があっても戦争は絶対にしてはいけないと思っています》

(『わたしが正義について語るなら』(2009年発行、やなせたかし著、ポプラ社))

《どんな理由があっても、戦争はやってはいけない。戦争というのはいつも、いろいろな理屈をつけるわけです。向こうが非常に悪いから、正義のためにやるんだって言うけど、正義の戦争なんてものはない。間違いなんです。実態はとにかく計画的殺人で、これはやっちゃいけない。現在でも、それは強く思っています。それぞれの立場の正義を、言いあう。言っている限りは、戦争は終わらないし、なくならないんです》

(『何のために生まれてきたの?』(20132月発行、やなせたかし著、PHP研究所))

《(戦争で)ぼくが骨身にしみて感じたのは、食べる物がないことがどんなに辛くて情けないか、でした。いろいろ辛いことはあっても、空腹ほど辛いことはありません。アンパンマンが自分の顔を食べさせてあげるのは、このときのぼくの体験があったからです》

《ぼくは人を殺す戦争はきらいです。憎くもなんともない人を殺すのは嫌なのです。死ぬのも嫌だったけど、もう94歳になると、そっちのほうはどうでもよくなりました。戦争はしないほうがいい。一度戦争をしたら、みんな戦争がきらいになりますよ。本当の戦争を知らないから「戦争をしろ」とか、「戦争をしたい」と考えるのです》

《ぼくは、戦争の原因は「飢え」と「欲」ではないか、と考えています。(中略)ぼくが『アンパンマン』の中で描こうとしたのは、分け与えることで飢えはなくせるということと、嫌な相手とでも一緒に暮らすことはできるということです》

(『ぼくは戦争は大きらい』(201312月発行、やなせたかし著、小学館))

 
このように、『アンパンマン』にはやなせさんの反戦思想が深く流れています。やなせさんは大きな戦闘こそ経験しなかったものの、昭和15年から5年間、日本陸軍の兵隊となり、中国の福州に渡って、その後一日40キロ歩いて上海に行軍された様子が、『ぼくは戦争は大きらい』に書かれています。嫌で嫌で仕方がなかった戦争の思い出話は戦後ずっと封印してきたのに、人生の最後に話されたというのは、こういうことは伝えておかなければならないと、やなせさんは考えられたのでしょう。

 
やなせさんのメッセージは、「理由の如何を問わず、戦争はしてはいけない」ということです。私は戦争を知らない世代ですが、日本とアジア近隣国との関係にきな臭さが漂っている昨今、その思いをしっかりと共有したいと思います。ぼくも戦争は大きらいです。

(3月25日記)

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