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2014年2月25日 (火)

人づきあいのいらない職業

 昔から言われてきた言葉に、「人は一人では生きられない」というものがある。衣食住の全てを自分だけの力で賄うことはできない。太平洋戦争終結後、フィリピンにおいてゲリラ戦を継続していたあの小野田寛郎さんでさえ、次のように語っている。だからこれは真実だろう。

《「小野田さんは戦争の間、一人でも生きていたじゃないか」と言う人もいるけれど、私がルバング島から出て来た時には、服を着ていたし、帽子も被っていました。みな私が作ったものではありません》

(『生涯現役の知的生活術』(2012年発行、小野田寛郎ほか著、育鵬社))

 
「一人で生きる」という極地ではないのだが、「人づきあいせず仕事をする」というのは道があるようだ。この「人づきあいのいらない職業」が今日のテーマだが、その一例は、私が対局観戦を趣味としている将棋のプロ棋士である。タイトルの竜王位を9期連続で防衛中だった渡辺明さん(現在は棋王・王将の二冠を保持)が、次のように仰っている。

《少なくとも将棋の世界には対人関係の苦しみとかないですから。極端な話、誰ともつき合わなくてもやっていける。他の職業だったら嫌いな上司とかに耐えなきゃいけないとか、いろいろあるでしょう。好きな将棋を指して生活できるっていうのが、なんだか申し訳ない気もして。今の職業に対する感謝の気持ちはとても大きいです》

(『文藝春秋201311月号』/囲碁将棋トップ対談『若き天才の思考法』(囲碁棋士・棋聖 井山裕太、将棋棋士・竜王 渡辺明))

 
将棋棋士は、指定された日時に対局場に着いて対戦相手と指せば、それで成り立つ職業である。当然、多く勝たなければ高い収入は得られない仕組みだが、対局以外にやらなければいけないことは基本的にないらしい。勝つために必要な将棋の勉強にしても、棋士仲間との研究会等をやらずに、自宅にて一人で黙々とすることも可能という。仲の良くない棋士と顔を合わせる必要があっても、以下のような形で溜飲を下げる道がある。

《棋士たちが胃潰瘍になったりする例は普通のサラリーマンよりずっと少ない。(中略)健康をさいなむほどのストレスや緊張は、やはり人間関係から発生するもので、棋士の場合、その人間が嫌いならば将棋で打ち負かしてやれという極めて単純なかたちにもっていける点が、何ともこたえられないのである》
(『ちょっと早いけど僕の自叙伝です。』(1989年発行、谷川浩司著、角川書店))

 
こう書くと、自由奔放な生活が想像されて、将棋棋士が眩しい職業に見えてくるかもしれない。しかし現実は厳しい。新たにプロ棋士になれる人は、原則として年間4人と定員が決められているのだ。そして、プロ棋士になるための年齢制限も設けられており、永遠に挑戦し続けることはできない。人づきあいが不要ということは、このように棋士になる前に高いハードルがあることと、上手くバランスが取れているのかもしれない。

 
一説によれば、世の中には三万種類ほど職業があるそうだ。今日書きたかったことは、数ある職業のなかで、人づきあいのいらない職業が稀有ながらも確かに存在する、ということである。

(2月25日記)

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