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2014年1月17日 (金)

おおらかさを妻に学ぶ

 たしか1月3日のことだ。二週間ほど経ったので、“あの事件”を冷静に振り返ることができる。この日は妻が短期のバイトで午後から外出していて、私は夕食を準備することになっていた。もう旬ではなかったが、安かったのでスーパーで秋刀魚を二尾買い、夜7時の妻の帰宅予定時刻に合わせて焼いていたのだった。レシピによると、「両面グリルで9分」。大根おろしもすり終わり、妻がドアを開けると、ちょうど秋刀魚が焼けたタイミングのはずだった。

 
ところが、時間になっても妻が帰ってこない。焼けた秋刀魚の温かさを気にしながら、イライラと帰りを待つ。家のベルが鳴ったのは7時15分過ぎである。焼きたてを妻に食べてほしい私は、自分でもはっきり自覚できるぐらい機嫌が悪くなっていた。もちろん、秋刀魚が少々冷めてしまっても、二人笑顔で食卓に向かった方が、食事が美味しいことは分かっている。頭では分かっているが、感情がついていかなかったのである。

 
妻が席につき食事が始まった。雰囲気は良くなく、会話も殆どなく、私の表情が何分経っても晴れずにいたところ、“二人仲良く楽しい会話”が大好きな妻が、場を打開するひと言を放った。「あたしが晩御飯を用意していて、あなたの帰りが遅いって文句言ったこと、今までにある?」

 
ハッと我に返った。私の仕事が予定通りに片付かず、電話やメールで伝えた時間より帰りが遅れた時も、妻は一度も愚痴ったことがなかった。食事が多少冷えてしまっても、機嫌が悪くなったことは一度もない。私はそのことを意識すらしたことがなかった。そう、妻は私よりもはるかにおおらかで、私はおおらかさという点で、全く足元にも及ばないのであった。反省し、謝った。

 
正確さを大切にする、約束を守るといったことは、社会ルールとして大切なことである。が、親しい間柄においてはこだわりすぎると人間関係がギスギスしてしまう。妻と私は雰囲気が悪くなることは殆どないのに、私がこだわったあまり、珍しく食事の楽しさを損ねてしまった。私も妻のように、もっとおおらかになった方がいい、と感じさせられた一件である。

(1月17日記)

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